「音楽産業廃棄物〜P-MODEL OR DIE」インストアイベント
タワーレコード新宿FLAGS
1999.9.23 16:00〜
ステージ(開始前)

P-MODEL通算12枚目 (「SCUBA」除く)のフル・アルバム、「音楽産業廃棄物〜P-MODEL OR DIE」の発売を記念して、東京・新宿のCDショップで、インストアイベントが行われた。この項は、それを見に行った私による簡易レポートである。デジカ メによる撮影はしたが、メモ・録音・録画はしていないので、覚えている範囲で書いていこうと思う。



第壱幕 平沢氏、登場

休日のせいもあってか、久々の生P-MODELを一目見るために多くの人が集まった。 200人程いた様である。イベント開始30分前に、整理券順に並ぶことになったのだが、整理券を持たない私は、列の最後尾に着くことになった。待っている 間、レコード屋のおねーさん(?)がチラシを配りに来た。その人は「P-MODEL OR DIE」のロゴ入りパーカーを着用していたのだが、なかなか素敵であった。このチラシの下部はメンバーへの質問を書く欄となっており、イベント開始前に回 収された。

我々イベント参加者は、開始15分前にイベント・ブース前に移動した。店内に、「音楽産 業〜」収録曲が流れる中、まずは平沢さんが単独で登場した。進行の女性によると、まずは先だって発売された「Virtual live-1」のことやなんかを訊くためだそうである。「何故ヴァーチャルのライブなのか?」という質問に対し、「1.廃盤対策の手段として 2.過去の 音源がないためヴァーチャル 3.ただ昔の楽曲を聴いてもらうだけでなく、80年代のP-MODELがどういう感じだったのかを伝えたかった」と言うこと を述べられた。
 

ウェッティーで生き生きしている

 

ちょっと遠いか


第弐幕 写真、解説


お次は、平沢さんにも告げられていなかったらしい(?)、昔の秘蔵写真の公開。「ここで、秘蔵の写真を公開したいと思います。」と進行嬢が言うと、『聞い てないよ!』とばかりに狼狽える平沢さん。しかし、いざ写真がモニターに映し出されると、楽しげに説明された。最初に映し出されたのは、下北沢ロフトとい う場所でのP-MODELの正真正銘の初ライブの模様。「初めてのライブなのに、なぜかお客さんが嬉しそうである。(笑)」と平沢さん。確かにお客さんは 嬉しそうだ。
「当時の音楽界は、今のように穏やかな物ではなく、殺伐としていた。実際、パンク・ニューウェイブバンドのライブの時には、物 が飛んできたり、『○○の真似っこだ!』、『帰れ!』等とヤジられたり、下手をすると乱闘が発生し流血に至る事さえあった。そういうわけで、我々も初ス テージの際はえらく緊張していた。なめられないために、必死に恐い人たちを演出した。」そうだ。驚きである。因 みに、下北ロフトは場所は変わったものの、いまだ存在するようだ。


P-model初ライブin下北沢ロフト

P-model初ライブin下北沢ロフト





次の写真は、1stアルバム収録当時、池袋サンシャイン近くで撮ったメンバーの写真。これは年季の入ったファンにとっても珍しかったら しく、会場は少しどよめいた。池袋にあったサンライズというスタジオで収録の合間に、P専属のカメラマンの生井さんという方に、連れ出されて撮った物だそ うだ。平沢さんによると、同アルバム内に、「『サンシャイン・シティー』という曲があるが、当時のPにとって池袋、サンシャインというのは、東京の墓場 (←うろ覚え;)であった」らしい。「平沢、ジーンズを履いております。(場内笑)」という結びで次の写真に。

ジーンズ






次は、どこのスタジオだったのか忘れた(私が)が、2nd収録当時の物らしい。会場では、この写真が一番好評だったようだ。秋山さんが ハンサムでよい感じ。写っているでっかい卓(シンセ?)は当時普通では手が出せない非常に高価で貴重な物だったという。このスタジオが出来たてか何かで、 その感触を確かめるために来た時の写真らしい。「広くて良いスタジオだったが、トイレが臭かった。」と平沢さん。

「ボクもこんなの欲しいぜ」(想像)






次のは、平沢さんの記憶にないというライブの模様。「ここでは、珍しくメジャーブランド製のギターを使っている。(なんとか)ムスタン グという借り物のギターだ。」。ソロライブビデオ「error」に出てくる物と同じだろうか?ここでの解説かどうか、もはや定かではないが、こんな事も おっしゃっていた。「一階がピンサロというライブハウスでは、ピンサロの前を通って機材の搬入をしたのだが、ここのおねーさま方に、『P-MODELだ! がんばってー!』と言われたときは、嬉しかった。このようなおねーさま方にもP-MODELは浸透していると、メジャー気分を味わえた。」。(笑)。ほほ えましいではないか。

ぎゅい〜〜ん






この後紹介された写真は、全て北ロフ(屋根裏?)の物だと思われる。ここで、「このPバッジやら、胸の文字やらはなんなんでしょう か?」という進行嬢のナイスな質問に、「そのことには、触れないで。」と平沢さん。『I am a coke.』の謎は解けなかった。また、実際に恐く見せる(前述参考)ために、秋山さんが自衛隊の服、田中さんがやくざの格好をしていたのだそうだ。田井 中さんがどんな服来ていたかは、依然不明である。

「懐かしいなぁ」(想像)

 
 

「あの頃は鳴らしたもんだ」(想像)




「もっとご覧になりたいでしょうが、これらはソフトバンクから発売される雑誌、ではなくて(会場笑)、豪華装丁の本に収録される予定で すので、どうぞそちらをお買い求めください。」と進行嬢。アイロニカルな発言も冴えている。




第参幕 クリップ、上映


このあとは、お待ちかね、「論理空軍」のクリップ上映である(ハイライト)。平沢さんも今日ここで初めて観るらしい。ちょっと期待して いた演奏のシーンなどは、当然のごとくなく、全編CGをふんだんに使ったものに仕上がっていた。「Town-0 Phase-5」のクリップの空軍版である。

PV
 
 
 

まぶしい?

 
 



第四幕 全員、登場


上映が終わると、残りのメンバーの登場となった。彼らもまだクリップは観ていなかったらしく、観られなくて残念がっていた。まずは、今 回のアルバムで行った、リモート・レコーディングの概略について平沢さんが語った。これについて小西さんは、「タイにはもう行けなくなった(笑)。」、 「楽曲で表現したいことが歪曲することもあった。」と述べた。リモート・ミックスのデメリットについて、おそらくメンバーからは、初めて語られたと思う。

PV未見




ここで進行嬢から、「Heaven2000という曲について教えてください。」と質問があった。これについて、小西さんは以下のように 述べた。「昔平沢の作った『Heaven』という曲と、私の作った『After dinner party』は、同時多発だったのだが、よく似ていると言われていて、これの2000年版を作ろうということになった。私は、『Heaven』の2000 年版を作るつもりで作曲したのだが、平沢は『After dinner party』の2000年版を作るつもりでいじくってしまった。」。これが、前述の「表現の歪曲」なのであろう。

進行嬢からまた質問である。「サンプルではあった、『Moon Plant(1)』は一体どこに行ったのですか?もう永久欠番ですか?」。「作風がソロに近いのでボツにした。しかし、気に入っていないと言うことではな く、今後公表することはあり得る。Mp3を使えば明日にでもできる。」と平沢さん。なるほど、確かに。

進行嬢から三度質問である。「CDに封入されているペラペラシートは何ですか?それと、あれは人による手切りですか?」。「あれは、 ハードディスクに録音する以前に、磁気テープを用いていた頃のマルチトラック・レコーダーのテープである。録音済みの物で、その気になれば聴くことができ る。」と平沢さん。なんと!それは驚きだ。言われてみれば、印刷されてはいるものの、磁気テープそのものではないか。一体なにが録音されているのか?「そ こにいる○○(忘れた;)君による手切り(笑)。また、CDを買ったみんなとお友達になれば、その全貌が明らかになろう。」ともおっしゃった。




最終幕 質問、回答


このあとは、整列時に配られたチラシの下部の質問にお答えいただく時間である。

質問@「曲作りに煮詰まったら何をするか?」
福間:パソ通。
小西:その日は作業を止めるが、止めていることは他のメンバーには内緒。(笑)
平沢:我慢する。我慢していることは他のメンバーには内緒。(笑)
そうやって、平沢さんは、年がら年中、我慢しながら仕事をしまくっているのだ。少しは私も見習わないと。

質問A「何をしていると一番心が和むか?」
平沢:寝る前のネカマ。(ネット上で女性になりすますことらしい。)(場内爆笑)
小西:和まなくて良い。(←うろ覚え;)
福間:gifアニメ制作中。
ネカマって・・・。平沢さんは、ホントにそっち系がお好きだなぁ。『音楽家にならなかったら、タイに行ってオカマになっていた。』という以前の発言も、あ ながち法螺ではなさそう。福間さんてば、サイバー好きね。

質問B「20年前に戻れたら何をするか?」
福間:う〜ん。うーーん。チャット。糸電話で。(笑)
小西:楽器を練習して、パンク野郎になっていた。(笑)
平沢:田井中になりたい。何もせず、ただ状況に流されているだけで、人気者になれてしまうから。(笑)
福間さんは、終始サイバー系で固めた。平沢さんは、リーダーの重圧という物を垣間見せた。

「最後に皆に告知、お知らせがある。ヴァーチャル・ライブ続編制作に当たり、再び人体を募集する。今回は、コンサート会場で収集する。 何いってんだかわかんない人は、ライブに来れば分かる。」とのお告げ。またやんのか〜(笑)。私は、どうせ叫ぶなら、「ことぶき〜!」と叫びたいのだが。

これで、イベント終了。この後、ポストカードが配られたことと思うが、整理券を持たぬ私はそそくさと帰路についたのだった。


色々知られざるエピソードやら写真やらを見聞きしできたし、何よりお三方とも快活であられて満足なイベントであった。
読んでくださってありがとう。見づらい写真等はご了承ください。
 
 

back 
[BACK]